2024.8~10「与えられたとおりに」[実験日記]
2024.8/31
・最近おもうけど、実験の会って、結局、存在の分かち合い、祝福をしてるんだな。実験はその手段にすぎない。
9/7
・図書館にでかけたら、あぁ、自分の顔って、自分のもちものじゃなくて、他の人に帰属してるんだ、という感じがしっくりくるようになった。
There I have your appearance, Here I am your reality.
(向こうでは、わたしはあなたの外見をもち、こちらでは、わたしはあなたそのものである)
9/8
・自分は動いておらず、風景が動く。なぜそうなるかといえば、自分というのは物理的な空間にはいないから、という理由だとおもう。
9/9
・コップのこちら側しか見えないのはなぜかというと、それもやっぱり視覚上は世界は二次元だからだ。
9/10
・世界が絵だとしたら、神様はなにを描こうとしてるのだろう。何を描いたって、神様自身のことしか描けないだろうな。
9/12
・モノに一定のかたちがなく、ただ距離によってかたちや大きさが違うというのは、世界が二次元だと考えれば、そりゃそうか。
9/15
・グレッグ・グッドさんの色の実験(『ダイレクト パス』p.71以下)。いまやると、よくわかるわ。色には背景も前景もない。
・世界は二次元だといっても、垂直線と奥行き方向の線では性質が違う(消失点が違う)。すごい仕組みだな。とんでもない知性だ。
・どうして奥行き方向の線の消失点には気づくのに、垂直線の消失点には気づかなかったのだろう。それだけ対象世界ばかりみていた、ということなんだろうけど。
9/18
・ダグラスさんの実験って、あちらとこちらの2つに分けるのはどうなの? って最初は疑問におもってたけど。
2つに分けて、あちらとこちらを対比させるのがおもしろいな、といまはおもう。
9/20
・太陽でやるpointed out by the worldの実験(※)。小川にでかけて、今日やっとわかったわ。
ほんとにglitteringだ。星のように。白い鳥の群れように。
※See for whom the glittering gold carpet is laid down from the sun across the lake.
(太陽から湖上に伸びている、きらめく金色の絨毯。それが誰のために〔誰に向かって〕敷かれているのかを見てごらん。)
9/23
・実験のガイドをすると、毎回、もっとわかりやすく説明できたらなあ、とおもう。で、ちょっと落ち込む。
9/25
・「自分と待ち合わせるなら、いつ?」ときかれたら、そりゃ「今」でしょう。
だけど、そこでいう「今」は、時計をみて、「今、何時何分だ」と言えるような「今」じゃない。何時何分になる前に、だってもう、自分と会ってるもん。
そんなわけで、時計をこちらにもってくることができない。
時計の実験って、そういうことか。今日やっと、いちおう納得したぞ。
『存在し、存在しない、それが答えだ』p.182-3の次の一節で、ダグラスさんが言いたいのも、そういうこと?
「今、自分の腕時計を眺めてほしい。それはあなたが彼〔神〕と会う約束をした正確な時間を教えてくれる」
9/26
・ソウルメイト論も、face to faceのイメージを(無意識のうちに)前提にしてるなあ。と、友達に言われて気づく。
10/2
・定規の実験。定規自体も色で出来ているから、奥行きをはかろうとすると、定規がなくなるんだ。
10/4
・夜、わらってしまった。なんて可笑しい。なんてバカらしい。なんてかわいらしい。given world(与えられた世界)を忘れて、ありもしないなにかをまた思い描いて悩んでるなんて。
10/8
・電車に座って前の人をみてたら、その人の意識が頭のなかにだけ限定されてるはずがない、ということが自然とわかる感じになった。
・頭があり、胴体があり、腕や脚があり。なんて不思議なかたち。
10/14
・朝、音楽をきいてたら、ふと気づいた。音がどこかへ消えていく、とおもうから、どこへ消えたのか、という場所を用意したくなる。その場所を「過去」と呼んでみたり。
でも実際の直接体験としては、過去などというものはない。
・Thomas Traherne(トーマス・トラハーン)のCenturies of Meditationsを少しだけ読む。共感できるところがあって、自分もこういう本が読めるようになったのか、とおもう。書いてること、ダグラスさんと似てる。
・顔って、自分の顔ではあるけど、自分の持ち物じゃなくて、ほかのひとの持ち物なのね。
お金と同じく、ほかのひとがいなければ意味をなさない。それだけ公共性が高いってこと。
・時間がないのに、電車の乗客がいつの間にかいれかわり、気づけば夕焼け。ほんとうに不思議。
10/15
・試験が終わって、公園でねそべって空をみあげる。
この世界をたのしめばいいのかなー、とおもった。given world(与えられた世界)は、たのしむためにある。
10/27
・まず神の国と神の義を求めよ(マタイによる福音書6-33)。
ウソを信じてたら、そりゃあ、うまくいかないんじゃない? ってことなんだろうなあ。
信じたことでもなく、自分で思い込んだことでもなく、ただgiven world(与えられた世界)を与えられたとおりにみてごらん、といういざないの言葉。
与えられたことを尊重してゆけば、given worldこそが恵みだ、と。
(2024.11/24)
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