2022.11「インナーボディ」
11/4
・あるお店に立ち寄ったときのこと。
お会計を済ませて帰るお客さんの背中をみてたら、そのひとの背中のあたりから、ぷら~んと透明な何かが伸びているのがみえた(気がした)。
自分も含めて、このお店にいるひとたちの、それぞれの暮らしぶりや、ご先祖さま。
このお店が立っている土地に受け継がれてきたもの。
そういうもの全部が、昼下がりのお店のなかに生きていた。
11/5
・朝、ご先祖様に意識を向けていると、なじみのある雰囲気が漂っていた。お寺や神社で感じる、あの独特の神聖な雰囲気。
・夕方、ふいに胸のあたりの密度が濃くなって、満たされた気持ちになる。言葉にすれば、「感謝」なのかな。
なんかすごくラクだ。
・夜、手をあわせたい気持ち。中島みゆきの「愛から遠く離れて」が心に響く(昨日、たまたま知った歌)。
11/8
・椅子から立ち上がったときに、自分(肉体)とそのまわりの空間だけ、切り絵の絵のように切り取られたような感じになった。紙っぽいというか、体積がないというか。昨日もそんな感じになった。はじめての感覚。体積がないものを、いままで「自分」と呼んでいたの?
11/13
・階段に腰掛けて朝の街を眺めていたら、またあの「紙」っぽい感覚になった。3次元のものが、実は2次元だった、絵本の1ページのようなものだった、と気づかされる感じ?
11/19
・フィギュアNHK杯をみてたら、ペアが滑り出した途端、うるうる。二人が描く流れをみてると、涙腺がゆるむ。
11/21
・音を聞くとき、音を聞いてる側には、音がない。音がないから、音を聞けるわけか(となんとなくおもうけど、確信はない)。
匂いもそうだ。
思考も同じだとおもうけど、ちょっとわかりにくいな。
11/22
・何人かでおしゃべりしていたときのこと。インナーボディ(※)を意識して聞いていたら、インナーボディがほかのひとたちとつながって、ひとつの「大きなインナーボディ」として動いているようにおもえた。インナーボディって、「自分の」インナーボディじゃなくて、公共空間のようなものなんかな。
※中野真作さんに教わったインナーボディ瞑想で知ったもの。
11/23
・夜明け前くらいに目がさめて、胸のあたりを意識していたときに感じたこと。
やっぱり胸の中央に直径2〜3センチぐらいの玉がある。
あと、ほとばしるようなものすごいエネルギーを感じた。胸のなかではなく、どこかはるか彼方のほうで。「産めよ、増えよ、地に満ちよ」(創世記)というのはこんな感じか、とおもったりして。
それと比べると、胸に生じる望みというのは、ずいぶん穏やかなものなんだなあ、人間が扱えるように熱量を下げてくれているんだなあ、とおもった。
11/27
・夢日記。ある人がつかみかかってきた(その人は悪霊かなにかに取り憑かれたらしく、手に大きな十字マークが2つ浮き出ていた)。逃げようとしたけど、逃げたらうまくいかないと思い出して、相手のなかにある愛とつながろうとした(ふだんは「愛」なんて言葉は使わないけど、夢では使ってた)。そしたら、うまくほどけたみたいだった。
11/30
・夢日記。へんな夢をみた。怪我を負った二人組(人間の姿ではなかった)に追いかけられる夢。つかまりそうになったとき、その二人は自分の一部だ、とおもって、二人を座らせて、はなしをきいた。というところで目が覚めたんだっけ。
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