2023.1「神とともにある生活」

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・「来年はどんな一年にしたいかなあ」と大晦日におもったとき、ふと思い浮かんだ言葉。「神とともにある生活」。

 せっかくの人生だもの。どこまで深く神様とつきあえるか、やってやろうじゃないの。

・ますます孤独になった、という思いがある。


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・夢日記。トラウマ系の夢をみた。学校の先生に怒鳴られてる、という夢。目が覚めたあとも、怒鳴られたときの身体の震えがしばらく残っていた。

 すっっっごい、いやな感じ。寂しい。こわい。胃が痛い。

 いつの頃の傷なのか、記憶にない。


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・癒えない傷がある。この傷も、まだこれから紡がれる物語のために必要なのだとおもう。

・ただ胸の奥の導きを追いたい。それだけが唯一、ほんとうにしたいにしたいことかもしれない。

・胸の奥、すごい親しみを感じる。この世の誰よりもちかしい存在が、胸の奥にいる。


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・夢日記。またトラウマ系の夢をみた。生まれて間もないこどもを人質にとられて、むりやり働かされる、という夢。「こどものいのちだけは助けてください」と若い男に懇願していた。その男の右目、ギョッとするくらい表情がなかった。まるでプラスチックのように。

 夢のなかの感情があまりにリアルすぎて、目がさめてからも、しばらく動けない。

 気持ちを感じてみる。無力感。死にたい気持ち。死にきれない気持ち。

 輪廻の渦に巻き込まれて、煮え湯をくりかえしのまされている、、、誰かがデータを集めるための実験台にされているんじゃないの?、、、みたいな被害者意識。

 でも、胸の奥を感じると、しずかだわ。こたつでホラー映画をみてる感じだ。

 「自分」というのが、わからなくなってきた。自分のことをナメてたかもしれない。自分って、想像以上に、いろいろな経験をしてきているらしい。それだけ得体のしれない傷が多い。

 潜在意識との交通がよくなってきて、深いところの傷がここぞとばかりに浮上してきてる感じだわ。

・胸のあたりに大切な存在を運んでる感じ。お神輿みたいだ。

・胸の奥を感じてると、すごい宗教的な雰囲気がする。神社や寺院を訪れると、独特の雰囲気があるけど、ああいうのが胸の奥にある。

・胸のなかに青白い太陽がある。熱くはない。


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・夢日記。ユダヤ教のシナゴーグらしきところを訪ね、歓迎され、なにやら話し合ったけど、結局はユダヤ教徒にはならなかった、という夢。戦争前夜か戦争中らしく、駅で軍人だか警官だかが誰かを殴ってた。目がさめたあと、なんともいえず重たい。

 今週に入ってから、また夢見の内容が変わってきた。

 こういう夢をみると、「自分はこういうやつだ」とおもっていたイメージが揺さぶられる。


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・すごい精神不安定というか、揺れ動きが激しい感じや。ひらいていくというのは、真に勇気が要るというか、恋愛と似てるような。。。

・お昼頃、胸が悲しい。あと、なにかが浸潤してくるような感じ。自分のこころが自分のものじゃなくなった感じ。


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・胸のあたりがあたたかい。うまくいえないけど、一人じゃない、誰かと一緒に経験している、というのがわかる。

・お昼すぎから、何度かまた泣きたくなるような、崩れ落ちるような感じになる。感情的にそうなるんじゃなくて、やっぱりなにかがこころのなかに入ってくるというか。

・夜、胸のあたりが絹のようにやさしい。なにか大切なものが生きている。

 いままで、あまりに自分をないがしろにしていたかもしれない。


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・夜。生きているって素晴らしい! って感じが胸のあたりで湧く。思わず踊る。


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・うーん。やばい。なんか恋をしてるような感じだ。誰か「に対して」恋をする、という感じとは違うけれど。

 こういう心境があるとは聞いてはいたけど、自分がそういうタイプだとはおもわなかった。


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・朝、愛に満たされる。からだのなかも、部屋の空気も。

 (「愛」ってなんなのか、自分でもよくわかっていないけど、そう呼びたくなる何かがある)

・お昼前、また来てる。愛の波というか、そういうのが。弱くなる感じって、「ひらく感じ」なんかもしれないな。恋愛と似てる。

・寝た後、夜中に目がさめた。目がさめると、なんか身体がエロい感じ(爆)。胸の奥に「どうしたらいい?」って語りかけたら、羊水のなかにいるような感じになって、いつの間にか寝てた。

 そういえば、先月も、エロい夢をみたんだっけ(そういう夢はほとんどみない)。

 性的なコンプレックスみたいなのは、年齢が一桁の頃からあって、、、抑圧されていたものがようやく意識の表面にのぼってきてるのかな、とおもう。

 以前、中野真作さんに腰痛のことをお話したとき、腰痛は怒りのほかに、性的なことにも関係している(ことがある)、と言われた。怒りも、性的なことも、かなり根深いところで抑圧してる感じがあったけど、今週は、そのどちらも意識の表面に浮き出てきているようで、うれしい。


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・自分はあまり起こらないタイプだという自己イメージがあったけど、かすかな怒りに気づけるようになるようと、けっこう怒ってるなあ、とおもう。


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・弱くなる感じって、コーヒーに砂糖がとけてくのと似てる。


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・夢日記。川をくだっているときに、川沿いの山でがけ崩れが起こって、土砂が川に押し寄せてくる、という夢。

 もうひとつは、敵軍に川岸まで追いやられて、河があまりに広く渡れない、という夢。

 自分のちからではいかんともしがたい、委ねるしかない、という感じが共通していた。


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・夕方、しずけさがおしよせてくる。


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・夢日記。ビルの最上階が何者かに占拠されて、それに立ち向かおうとするのだけど、なにをやっても向こうのほうが上手だ。なにをやってもだめだ、ってところで目が覚めた。

 目が覚めてから、「あぁ外の世界で操作しようとしてもダメなんだ、胸の奥を訪ねなければ」と気づいた。

・朝、目が覚めて、なんとなくおもったこと。胸の奥を感じるひとが少なくなったことと、世界的な水不足とは関係しているのでは?


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・過去をふりかえると、もうほんとに1ミリも動かせない、そうなるべくしてそうなった、という感が強く、圧倒される。畏敬の念に近い?


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・朝、目がさめておもう。「自分のちからでは息ひとつできないんだな」

 過去のことを思い出して、あれも自分のちからではなかった、ということが明瞭にわかる感じがある。


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・最近、感じてることをなんと表現すればいいんだろう、とおもっていたら、今日、「讃歌」という言葉が浮かんだ。人生への讃歌。生命への讃歌。神への讃歌。とにかく肯定的なんだ。

 沢田聖子の「親愛なる人へ」を聞いてると、そんな感じがする。

 教育論で、褒めたほうがいいとか、いや褒め過ぎもよくないとか、というはなしを耳にするけれど、なにをどうしようと、もともと、肯定的なんだ。


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・お昼頃、少し泣いた。神様に抱きしめられてる感じ。すごく弱くなる。

 「大人」になるって、神様にちゃんと甘えられる子どもになる、ということなのかな(今日、はじめて「大人」になれた気がした)。


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・朝、身体のまわりの空間の揺らぎまで目視できた(ふだんはそこまでみえない)。身体が敏感になりすぎてて、過ごしにくい。

・お昼頃、泣いた。胸のあたりになにかがつまってる?

 寝るときも泣いた。

 夜中に目がさめて、また泣いた。

 神様に愛されていることがはっきりわかった。

 「こんなわたしでいいの? なにもできないよ。なにもできないってこと、知ってるでしょ?」

 「・・・」

 自分からほしいものなんて、もうないかもしれない。ただ神様の願いがかなえられたら、それでうれしいとおもう。

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