2023.3「まわりのひとがいて、ぼくがいる」

3/4

・なんか人生観というか世界観というか、生きる感覚が変わってきた。うまくいえないけど、こうしてものを書いていること、窓の向こうでひだまりが揺れてること、全部が全部、生きてるぅぅ〜〜!! って感じだ。

 バラバラの動きがあるのでなく、全部が全部、ひとつの動きなんだ。あの強盗犯は悪くて、わたしはそれほどでもないとか、過去のわたしはマズくて、いまは多少マシだとか、そんなふうじゃないんだ。そういうふうに分かれてないもん。一挙の動きだもん。

・夕方、異様に懐かしい気持ち。子どもの頃の感覚が戻ってきたみたいだ。

・歩いているだけで、親しみを感じる。身体の感じも違う。全然違う世界に生きてるみたいだ。

 いままで、ゴム手袋をつけて世界に触れようとしていたんだな、と気づかされる。

・帰りみち、なぜか人間の姿をみたくなって、人が集まるエリアまでまわり道をして帰った。いつの間にか人間が好きになっているみたいだ。

・夜、幸せになっていいんだ、いや幸せになる責任がある、という感じがやってきた。ということは、いままで「幸せになってはいけない」とおもっていたってことか。


3/9

・夢日記。夢に祖父母が出てきた。部屋いっぱいに料理が並べてある。それでも料理を並べる場所が足りないから、部屋のものを部屋の外まで移動させてスペースを空けた、という夢。

・お昼頃、涙が流れた。

 どうもだんだん気持ちが「幼く」なっていってる感じ。複雑さがとれていってる感じ。

・野球(WBC)。中国の選手をみながら、「このひと、どういう人生を送って、この場に立っているんだろう。尊いなあ」という感じがわいてくる。いつもの自分じゃない目線でみてる。


3/10

・夢日記。夢のなかで、「WHATではなくWHOから語れますか?」とある人から尋ねられた。

 知識的なこと(WHAT)を語るのではなく、あなたが誰なのか(WHO)、というところから語ってほしい。そういうふうに語ることによって、集合無意識に変化が生じますよ。あなた、そろそろ、そういうことができるんじゃないですか? 頼みましたよ。そんな思いが伝わってくる。

 もうひとつ、夢をみた。車に収納ケースがしまってある。その収納ケースが、「完璧に整理された知識」を象徴している。

 あなたの想像以上に、あなたのなかに知識が眠っている。そろそろ使い時だね、という感じ。

 なんだか夢のなかで指導を受けてる気分。


3/11

・夢日記。議員に政策を提案する仕事をしている若い女性が、何度提案しても却下される、と話している。それを聞いて、「イイものをもってるんだから、そのまま言えばいいのに。何度却下されても」とおもうボク。

 目がさめて気づいた。彼女はぼくだ。

 なんか夢を実現せよ、と言われている気がする。

 「夢」とか「幸せ」とか、いままで自分からは使わなかった言葉が、最近は意識にのぼってくる。


3/13

・ある人をみてたら、なんかもうたまらない感じになって、胸がうずくように痛かった。自分を大事にしてほしいなー。

 少し泣いた。

 人のことで泣くなんて、ずいぶん変わったなあ、とおもう。何年か前までは、自分のことでも、ほとんど泣かなかった(泣けなかった)。

・なかなか寝付けず。しばらくじっとしてたら、身体が震えて、涙がこぼれた。

 しばらく泣きやまなかった。

 幸せになることが、まるでいけないことをしているかのように感じる。自分を罰したくなる。なんか喉元を押しつぶしたくなる(喉は、表現することと関わっているとおもう)。

 これ、集合無意識にそういう思いがあるんだとおもう。集合無意識に分厚い岩盤層があって、そこを突破しようとすると、無数の手が伸びて足を引っ張ってくる、みたいな絵が浮かんだ。

 この壁を突破する人が増えれば増えるほど、通り道ができて、あとの人が通りやすくなるはず。そうおもったら、ファイトが湧いてきた。


3/14

・寝ようと布団に入ったら、涙がこぼれた。喉がいたい。呼吸が苦しい。

 自分を傷つけたくなる衝動を感じる。


3/18

・この頃、「相手の神性を信頼する」みたいなメッセージ?が、何度か思い浮かぶ。

 オモテの意識では嫌っていることが、実は、ほんとうにやりたいことだったということ、意外とあるのかも。


3/19

・寝ようと布団に入って、目をつむったままでいたら、3〜4人の人影がみえてビビる。お彼岸だった、と気づいたのは翌日のこと。

 そのあと、別れた彼女がみえた。緑のジャンパー。ちょっとボーイッシュ。

 「やったね!」と笑ってくれていた。

 今日のこと、喜んでくれてるのかな。

 出会った頃、「(あなたは)大きな白い鳥」になる、と言ってくれたのだけど、少しは近づいているのかな。


3/24

・苦しさがなくなれば幸せになれる、のではなくて、幸せだから苦しさをちゃんと感じられる、、、ということなんじゃないかとおもう。

 時が止まったようになり、こんな感じが伝わってきた。

 「知らないで死んでいくひとのほうが多いんだよ。そこまで知ったのだから、それなりの責任が生じる。わかるね」


3/25

・まわりのひとのほうが、ぼくよりぼくのことを知っている、と最近よくおもう。ぼくがいて、まわりのひとがいるんじゃなくて、まわりのひとがいて、ぼくがいる。


3/28

・「わたし」という感覚が変わってきた。

 「自分はこうだ」というのが先にあって、それを世の中で自己実現しよう、、、というのじゃないんだな。

 自分のことは、自分ではわからない。まわりのひとが教えてくれてるの。

 うまくいえないけど、「わたし」というのは、こっち側(わたしの側)にはなくて、まわりの人たちの光に照らし出されて、「わたし」がその時々でつくられる。そんな感じがする。


3/29

・過去を振り返って、もったいなかったなあ、もっと楽しめばよかったなー、と最近おもう。なんであんなに心配ばかりしていたのだろう。心配しても、しなくても、「わたし」のちからでは動かせないのにね。だったら楽しめばよかった。

 「これでいい自分(許されている自分)」になるためにクレヨンを何本も擦り減らしてきたような気がしてる。こんなにやってるんだから許してください、みたいな。

 そうじゃないんだ、ってことがようやく感じられるようになってきた。


3/30

・自分のなかの誰かが言ってくる。

 「楽しまなきゃ、もったいないよー。この瞬間を顕現するために、全宇宙が協力してくれてる、と言ってもいいくらいのことなんだよ?」

 午後、神様を身近に感じる。こんなにカミサマ、カミサマするのは久しぶり。

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