2026.1~2「あなた」[実験日記]
1/2
・大晦日あたりはつらかった。死んでしまったように感じた。
1/4
・無性に祈りたくなる。
・キリスト教に惹かれる。『神の現存の体験』や『不可知の雲』に書いてあるような純粋さと楽天さ。
1/22
・十代、二十代の頃とは人生観が変わってしまった。
なにがいちばん変わったかというと、この人生とは、きみの人生ではないということだ。
鏡に映るあのひとを中心に世界がまわっているわけではない。
1/23
・記憶がすべてきえたとき、その人はどこにいるの?
1/27
・「あなた」(二人称)は、「わたし」(一人称)より親しい「わたし」。
1/30
・会社帰り。電車の窓に映るあの人をみる。
あの人によからぬことがないようにと、なにかもう本能的にそうおもって生きている。自分の子どもにそうおもうみたいに。
・スピ関連のことについて、教えてほしい、みたいに言われることがたまにある。
でも、おもうのだ。生がこんなにも教えてくれているのに、いまさらわたしになにができる?
頬に触れる風、誰かとのちょっとしたもつれ、桃色の空、すべてが生の、触れる手だ。
2/6
・あなたをおもう。わたしをとおしてこの景色をみているあなた。
2/8
・積もる雪は音を消してゆく。
2/9
・ダグラスは、「二人称及び三人称」というふうにまとめて書いて、両者を実際上区別しないことが多い。それはやっぱり一人称に焦点をあてているから。
でも、この頃は二人称の大事さをおもう。
ダグラスでいえば、漫画のこれが二人称の感じかな↓
「あなたが何を見ても、あなたはそれを『中心』に引き上げる」
(『頭がない男』p.137)
2/10
・朝のバス停。待機中の運転手が、動き始めたバスに手を振っている。
手を振るのは、あのバスがただの「バス」ではなく、「同僚の◯◯さんが運転する」バスだから。
ちょうどそんな感じ。駅を見ても、空を見ても、そこにあなたをみる。
2/14
・紙袋実験の、「あなたは向こう側に意識を発見することができますか?」という問いかけって、やっぱりダグラスの生い立ちが色濃く反映されているとおもう(『頭がない男』p.32、116)。
・こうやって街が見えているのは、内側を見てる、という感じがする。
カード実験でいえば、カードが向こう側にあるときは、カードの手前が「内側」、カードの向こう側が「外側」、という感じがする。
でも、カードをこちらに近づけてしまえば、その区別がなくなる。
あえて言えば、"内側"だけがある。
2/16
・帰りのバス。こちらから唐突に腕が伸びている、あの人。
暮らし、死んでゆく人。
愛おしい。
2/23
・誰かと実験をやるのは久しぶり。
ダグラスのいろいろな実験をひととおり。
2/24
・(世界が)見えているというのは、まことに不思議なことだ。説明がつかない。
自分だって理解していないさ、とダグラスがときどき言うのも、わかる気がする。
それにしても、実験を伝える役回りがまわってこなければ、こんなこと、きっと思いもしなかった。
(2026.2/28)
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