2026.3~4「たばこがわりに指差しを」[実験日記]
3/2
・ファッションの専門家だったら、歩く人の服装から、実にいろいろなことがわかる。実験もそれと似てる。風景をみて、いくつかのことを知る。時間と空間の秘密。
3/3
・「たばこがわりに指差しを」
(伊藤さんと話していて、思い浮かんだキャッチフレーズ)
3/8
・《夜の濡れた舗道に反射する色とりどりの街の灯など、「どうでもいいようなもの」に目を向けること》(『頭がないということ』、p.122)
この本でいちばん好きな一節かも。
実験には美的なところがある。だから惹かれるのだとおもう。
3/11
・味って総合的なものだよね。ここからここまでが甘さで、ここからここまでが辛さだとか、そんなふうに分けられない。
ほんとうは生自体がそうなんだ。
だから生きることはアートだ。
3/13
・紙袋実験で、
「あなたは向こう側に、意識を発見することができますか?」
というのは、音の実験でいうと、
「声の向こう側に、意識を発見することができますか?」
ってことだとおもう。
踏切のカンカン音をきいてても、その向こうに意識があるとはおもわないけど、車掌のアナウンスを聞けば、いま現に声の向こうに人がいる、って感じがする。自動音声のアナウンスは、その中間くらい。
3/14
・「見えている」っていう、このあたりまえのこと。これを喜べるのに、じつに四十年ちかくかかったってことか。
3/15
・モノの大きさが距離によって決まるのって、ほんとにそのとおりだな、と図書館の帰りにおもう。
あたりまえなことの味がわかるのに年月がかかるね。
モノに、正式な大きさ、みたいなのはない。定点がないから。
3/16
・世界は生きている。バラバラのモノがあって、そのなかを人間が縫うように生きているみたいな、そんなふうにはなっていない。
この風景の全体が一個の意志だ。
3/18
・定食屋のランチ。すごいよね、こんなふうに「ある」ってことが。
制約といえば制約だ。
でもぼくは彩りと呼びたいね。
3/25
・電車の中、折り紙が折りたたまれていく絵が浮かぶ。
二次元のものを立体にして、また二次元に戻すというのは、なんか本質的。
3/27
・三人称的には偶然におもえることも、一人称的には必然。
刺繍を裏側からみれば、めちゃくちゃに見えても、表側に戻せば、きれいな絵だ。それとおなじ。
(刺繍の比喩は、A Complete Guide to the Soul by Patrick Harpur p.177より借りました。)
・猫には遠くの風景はぼやけてみえるらしい。じゃあ、クッキリみえるのは「正しい見え方」で、ぼやけてみえるのは「歪んでる」のかというと、そうではないでしょう。
3/27
・こういうことを知るようになると、世界の手触りが変わってくる。この世界は夢だという表現、以前はあまり好きではなかったけど、たしかにそうだと、いまはおもう。
4/1
・モネ展。
まじりあう。感情も思い出も風も。
やさしい目は、色と形の向こうにあるものを知っている。
4/26
・フランク・キンズローのQE関連の会に誘われる。
QEの三点法とか、以前やったときはそんなにピンと来なかったけど、いまあらためてやってみたら、非二元の実験でよく見知っているところだね。
(2026.5/4)
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