2025.7「向こう側」[実験日記]
7/3
・顔は向こう側にある。やあ、いつものきみ!
7/4
・鏡にうつる自分がトシとっていくのがおもしろい。
7/5
・絵って、手で絵筆をもって描くのも絵だけど、ほんとは、いつだって、もっと手前で描いている。コーヒーをいれることも、全部、この世界という絵を描いている。
7/15
・帰りの電車。窓に映る顔。顔は向う側にある。眠そう。
7/18
・前に伸びる長い影。人間物体はないのに影ができる。
蝉の音に、この影が映らなくなる日のことをおもう。
とてもホッとする。
7/23
・暑さと仕事の無理がたたって、からだを壊した。
夜中に目がさめて悩むなんて、いつぶりか。
朝、ふと思い出して、David Langの「問題を扱う」をやってみた。必要に駆られてやるのは初めて。
なにかがスッとひいていく。
考えても仕方のないことを考えても仕方がない。
7/24
・駅のホームから見える、いくつもの建物。忙しさ。疲れ。こうしたすべてが在るということ。そのことはたしかに、ひかりだ。
7/26
・いくつもの伏線があったはずなのに、どうして先の戦争を止められなかったのだろう、と十代の頃おもっていた。
いままた、いくつもの伏線があらわれているのかもしれず、でもなにもできないなあ、とおもう。笑ってしまうくらい。
やっぱり、自他がわかれていないということを一人ひとりが洞察することにかかっているのでは?
・ぼくは源泉に甘えきっている。源泉なくしては何もできない。
これは信仰ではなく、水を求めるのと同じくらい、いやそれ以上に具体的で日常的な必要から出てくることだ。
7/29
・出先にて。歩いても歩いても街があらわれる。どこにも動いていないのだから、果てがないのは道理ではあるけど、それにしても。。。
・挫折したり褒められたりすると、自分はこんなやつだとか、そんな自己イメージを知らず知らずつくろうとしてる。そういう精神の働きに気づくと、ふふって笑ってしまう。
顔がないところに顔を描こうとする働きと重なってみえる。
クリシュナムルティの言葉とも。
「なぜ精神はそれ自身の内側に中心を作り上げ、そのまわりで働き、そのまわりにい続けようとするのでしょう?」
(J.クリシュナムルティ『しなやかに生きるために 若い女性への手紙』p.54)
7/30
・車窓から街をみる。
人びとの暮らしがある。
窓にうつる、あの人にも。
(2025.8/2)
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