2025.9「ふつう」
9/2
・午後、電車の中で泣ける
9/5
・夢日記。えらい悪夢。いのちを狙われるという。
・いまがなつかしい。
・鈴虫の音。夜空に散りばめられた星のよう。
9/6
・夕暮れどきの窓の色。あんな色を描けるなんて。
・最近、そんなに禅の悟りを必死に求めてる感じでもなくなってきた、気がする。禅は続けているけど。
9/8
・朝、涼しい。気持ちよさにまかせて寝た。いいなあ。なにかを追い求める途上にいるのでなく、ただいるっていう、そのよさ。
・無性にかなしい。かなしみって、存在の音かも。
ひとって、このかなしみを感じたくないがためにいろいろなことをする、そんな気もする。
9/11
・自分のなかに女性を感じる。
9/13
・また試験勉強に身を粉にしてしまった。
9/15
・オーケストラ。演奏会で泣いたのははじめて。
生の絶体的肯定、って感じがして。
バーンスタインって、生を愛した人なんだろうな。
9/16
・帰りの電車でおもう。生きることは善いことだ。
9/22
・朝、駅までの道がとても気持ちいい。
ひかりにも音にも手触りがある。
9/24
・朝、秋の匂い。ふつうに暮らせている。いままでもきっとそうだったんだ。ただなにかを追及するあまりわからなくなっていただけ。
・昨日、すごい久しぶりに筋トレをやって、今朝は筋肉痛。
9/27
・この頃、なんかふつうに生きてるって感じ。
生から意味だとか価値だとかを引き出そうとしたり、生に意味づけや価値づけをしようとしたり。そんなことをしないで暮らしてゆけるこの感じ、子どもの頃はそれが「ふつう」だったんだとおもう。
ふつうっていいな。
9/28
・もうあんまり、なにかを追い求めている感じではなくなってしまった。
非二元の実験とか、古東哲明さんや後藤雄太さんが書いてるような哲学(存在論)とか、知れてよかったとおもう。
このブログ、どうしようかな。
みんなは、元気にしてるかな。
生きるっていいよね。
読んでくださった方、ありがとう。
コメント
コメントを投稿